ぼくってこんな感じで働いてきました~東京編~篠原秀和自己紹介

こんにちは!福井県敦賀市の建築会社あめりか屋の失敗しない家づくりアドバイザーの篠原秀和です。

あめりか屋施工事例←ぜひごらんくださいね☆

 

一昨日からお送りしていますぼくの自己紹介シリーズですが、いかがでしょうか?

まだごらんになっていない方は第2話・・・

ぼくってこんな感じで働いてきました~大阪完結編~篠原秀和自己紹介

↑ぜひごらんください。↑

あの衝撃の事件にハリウッドも驚愕とかじゃないとか・・・。あ、読んでもらわないとあらすじが分かりませんので。。。

 

東京で現場監督をしてました

東京(東中野)に住んでいた鹿島建設での2004年春のお話(第3話)です。

鹿島建設でのお仕事は、同じ建築系でも施工管理のお仕事でした。いわゆるひとつの現場監督というやつです。工事現場でヘルメットをかぶって、数多くの職人さんに指示を出す=監督という感じのお仕事なんですね。

↓こんな感じ笑

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これは2006年の4月19日の写真。こんなヘルメットに作業着がいつものスタイルでした。

※ふつう工事写真を撮るときは、カメラ目線にしないもんなんですけど、ぼくはあえてカメラ目線にしてました。なんだか変態ですね。笑

熊谷組では構造設計をしてきたわけですが、今度は施工管理ということで、わかる方にはわかるのですが、同じ建築の仕事と言っても、ぜんぜん仕事内容が違います。

現場のおさまり、職人を統率する能力、暑い寒いというだけでなく雨風にさらされる過酷な職場環境・・・というわけで、さらにノリと気合がためされる(笑)?そんな環境だったんです。

 

運命の出会いが・・・

というわけで、仕事内容的には初めてのことばかりなので、やはり分からないことだらけ。ほぼ新卒のような状態でした。今思うと会社に申し訳ない気さえもしますね。

しかも、ここで運命の出会いがありました。

(運命とは言っても女性ではなく、40代のおっさんですが・・・笑)

 

厳しい上司と出会う

鹿島建設の東京支店というとかなりの社員の方がいるんですけど、その中でもトップクラスの厳しい課長が、ぼくの上司になったのです。たまたま。(入った新人が次々とやめていくような・・・それが有名になるような・・・そんな厳しさです。汗)

まぁ~、その人は口の悪い人で、現場監督の仕事に慣れないぼくがオタオタ・モタモタとどんくさいことをやっているのを見て

「篠原おらぁ!」

「このやろ~ばかやろ~!」

「おまえなんかやめちまえ!タコ!」

・・・などといつも怒られてばかり。

そもそも業務も多忙だったこともあり、かなり体的にも精神的にもきつかったんです。そのせいで、疲労とストレスが原因の帯状発疹になったこともあったくらいでした。汗

 

ポジティブチェンジができた

あまりにもいじめられているようなぼくを見て、仲の良い職人が助けてくれることもありましたし、その課長の上司である現場所長はいつも優しくしてくれました。ここでも本当に人には恵まれました。

ただ、ひたすらつらかったので、その課長のことを、「あの人が同じ現場じゃなけりゃ楽しくやれたのに」とか「今からやろうと思ってたのにうるさいな」という上司の愚痴をすることも多々ありました。

でも、とにかく一人前の現場監督に早くなりたかったので、上司の愚痴を言ってないで、自分を変えて「課長には一言も言わせない」ようにすればいいんだと思いました。

育ててやろうと思っているからこそ、厳しくしてくれるんだ(はず)と思ったんですね。

その思考の切り替えが転機でした。

そこからはというものの、一心不乱に働きましたし、仕事もポジティブチェンジできました。

 

投光器と送風機

ここで、当時のエピソードですけど、

いつものようにその課長から

「おら、篠原ぁ!おめぇ。投光器(とうこうき)段取りしとけよ!!さっさとしろ!!!」

と言われました。

↓これが投光器

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すぐにぼくは「わかりました!」と答え、携帯電話でリース屋さんに電話して・・・

「鹿島の篠原です。え~っと送風機(そうふうき)5台持ってきてください。」

↓これが送風機

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とすぐに注文しました。その時、すぐ横で一部始終を聞いていた職人が、驚いた顔で、

「え!?しのちゃん、今、課長は投光器って言ってたよ!なんで送風機?頼むの!?また怒られるよ!!」

と言ってくれましたが、その現場の状況で必要なのは投光器では絶対になく、送風機がいるような状況だったんです。明かりを照らすよりも、粉じんを飛ばすことが必要な状況だったんです。

つまりぼくは課長の言い間違えに一瞬で気づいて、課長に言い間違えを指摘することなく(言い間違えを指摘するとまた怒られますし、何台必要ですか?とか聞くのも「そんなもん自分で判断しろ」と怒られます。笑)、機転をきかせたんです。

そんな感じで、現場の仕事が分かってきたのもあり、怒られることもほとんどなくなりました。それは入社して8か月ほど経った2004年の冬のことでした。

 

さ、長くなってきたので、続きは明日にしますね。笑

 

やっぱりですね!!!!

↓最終話(第4話)はコチラ↓

ぼくってこんな感じで働いてきました~東京完結編~篠原秀和自己紹介

↑まさかの涙のエンディングが待っているとか、いないとか↑

 

~今日の体重=88.9kg(+0.5)~

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  • 篠原秀和:こだわりの注文住宅専門家

「家は家族の幸せのためだけにある」
注文住宅を建てることや家を売ることが仕事ではありません。あくまで家づくりを通して家族の幸せをつくることが仕事なんです。家づくりで抱えがちな不安を解消するために、500万円も変わる!?家づくり資金計画セミナーを年に数回開催(累計40組(80名))、月刊きらめき倶楽部(敦賀市総発行部数3万部)にはお役立ち情報コラムを毎月連載し、ブログは2013年4月から毎日更新中。
株式会社あめりか屋/専務取締役/一級建築士/1977年生まれ/福井県敦賀市

…というまじめな一面、実はおもしろいことが好きなただの食いしん坊です。仲良くしてやってください。

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